556号
2026年4月30日

1888年 油彩、カンヴァス 80.7×65.3㎝ クレラー=ミュラー美術館
©Collection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands.
人生で最もしあわせだったころ
フィンセント・ファン・ゴッホは1888年9月、南フランスのアルルのフォルム広場にあるカフェのテラスを、夜に現地でイーゼルを立てて描いた。それが「夜のカフェテラス」。描き上げた後、妹のウィレミーンに宛てた手紙に、その作品について次のように書いている。
「…カフェテラスには酒飲みたちの姿が小さく見える。巨大なランプがテラスや店頭、歩道を黄色く照らし、舗石は紫とバラ色の色調に見える。星の散りばめられた青い空の下に街路が伸び、家々の切り妻屋根は濃い青か紫で、緑の木も立っている。そう、これは黒のない夜の絵。美しい青と紫と緑しかなく、これを背景に、灯りで照らされた広場は薄い硫黄色と緑がかったレモンイエローで色づけされている。夜を現場で描くのはとてつもなく楽しい」
パリからアルルに移り住んで七カ月になるころのこと。ゴッホがパリを突然、離れたのは都会の暮らしに疲れ、明るい光と豊かな色彩を求めたのと、芸術家仲間と共同生活をする理想郷づくりのためだった。アルルを選んだ理由ははっきりわからない。生まれ故郷のオランダに風景がどことなく似ていたからかもしれない。
いま、福島県立美術館で「大ゴッホ展 夜のカフェテラス」(5月10日まで)が開かれている。2期にわかれた展覧会で、Ⅰ期が夜のカフェテラス展、Ⅱ期のアルルの跳ね橋展は来年開催される。
ゴッホの創作活動は、絵描きになる決意をした二十七歳から自らいのちを絶った37歳まで、わずか10年ほどに過ぎない。夜のカフェテラス展では独学で絵の修業を始めたオランダ時代から、印象派などの技法を学び、浮世絵の影響も受けて色調や筆触が大きく変化したパリでの2年間を経て、アルルで鮮烈な色彩対比を基調とするゴッホ独自の表現を確立するまでの道のりを伝えている。
展覧会場の最後に展示されているのが「夜のカフェテラス」で、カフェテラスの黄色い輝きは、補色の関係によって、コバルトブルーの星空をより深く美しく引き立てている。愛読書だったモーパッサンの長編小説の『ベラミ』で、物語の節目ごとに現れる壮麗な星空の表現に魅了されていたゴッホは、カフェテラスの情景とともに星空を描くことを楽しんだ。
福島県立美術館の学芸員の濱田洋亮さんは「手紙で『黒のない夜の絵』と書いている通り、ほんとうは真っ黒だった夜の風景をあえて濃紺の青い空にした。そこがゴッホの色づかい、表現のオリジナリティが溢れているところかと思います」と説明する。
ゴッホがアルルで過ごしたのは1888年2月から1889年5月までの約15カ月。その真ん中ごろに「夜のカフェテラス」は描かれた。年譜によると「夜のカフェテラス」を描いて間もなく、ゴッホは黄色い家で暮らし始め、1カ月後にはゴーギャンがやって来る。それから2カ月後、最初の発作と耳切事件が起きる。「夜のカフェテラス」はゴッホのしあわせと希望を象徴しているように思えてならない。
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