GIFアニメ 日々の新聞
CONTENTS
仲間たちの野辺送り
蔡國強といわきの物語
 
日々の新聞
風の通る家
いわきクロニクル
オンブズマン
編集後記
招待席

田人お伽草紙
草野天平の頁
HIBINO IN IWAKI
時のゆくえ
仲間たちの野辺送り
蔡國強といわきの物語
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リンク集
1.プロローグ 2.蔡の生まれた街 3.鷹見との出会い
4.藤田の思い

5.河口龍夫とともに

6.宇宙と対話する
7.始 動 8.廃船探し 9.廃船引き揚げ
10.廃船の解体 11.難 題 12.コンセプト
13.火の龍 14.響き合い 15.九十九の塔
16.苦 悩 17.狂った予定 18.10年後
番外編.スミソニアンへ 番外編.「TRAVELER(旅人)」
番外編.地球を旅する廃船 番外編.ニューヨークにて
番外編.廃船のゆくえ 番外編.さわやかな日
番外編.安住の地  










 蔡國強は北京オリンピックの開会式で花火によるアトラクションを担当した。そして同時期に北京にある国立中国美術館で大規模な展覧会を開いた。志賀忠重と藤田忠平は蔡の作品の前に立ち、この12年のことを思っていた。
 春にニューヨークのグッゲンハイム美術館で開いた回顧展以来、蔡はグッゲンハイムとの関係が深くなった。グッゲンハイムとしては生存している東洋人の初めての展覧会。しかも、それまで最高の入場者数だったピカソ展の記録を塗り替えてしまった。蔡はまぎれもなく現代アーティストのトップランナーと言えた。
 いわきのメンバーが掘り出した2艘目の廃船は、いつの間にかそのタイトルが「Traveler」から「A GIFT OF IWAKI」(いわきからの贈物)に変わり、メンバーのネームが入るようになった。「この作品はいわきの人たちとのコラボレーション」という蔡の思いからだった。蔡にとって志賀、藤田を中心とするメンバーは「老朋友」だった。展覧会のオープニングのたびに「孤独で先が見えない日本の生活に光を与えてくれたのは、美術館に行ったこともなかったいわきの人たち」と言い続けた。

 志賀によると、グッゲンハイムでの回顧展は3億円の費用がかかった。それを美術館ではスポンサーを募って賄った。しかもあの廃船に買い手がついた。来年、グッゲンハイム美術館が主催するスペイン・ビルバオの展覧会で展示したあと、スイスに運ばれガラス製の展示スペースに飾られるという。海から山へ。いわきで掘り出された廃船は蔡といわきの人々によって命を吹き込まれ、アメリカ・ワシントンD.Cのスミソニアン美術館、カナダの国立シャウィガン美術館、ニューヨークのグッゲンハイム美術館、スペインのビルバオ・グッゲンハイム美術館を経由してスイスという安住の地を得たのだった。
 そうしたなか、市から藤田のところへ思いもかけない相談が寄せられた。小名浜・三崎公園に展示されている廃船「迥光 龍骨」の老朽化が激しく、どうすべきか蔡に聞いてほしい、というのだった。設置してから12年。確かにかなり傷んでいた。蔡に連絡すると「あれは作品ですから撤去することなく保管していてください」と言う。蔡にとってあの作品は、いわきと蔡を結ぶ象徴だった。掘り出された砂浜が見えるあの場所こそがふさわしいのだが、素材が木だけに朽ち方の想像もできた。いわきのメンバーは蔡の意を受けて保管の方法を考えることにしたが、また蔡から連絡が入った。「10月に広島で展覧会をやるので廃船を運び、新しい作品として甦らせたい」というのだ。タイトルは「無人の花園」。メンバーたちは再び、廃船の旅に力を貸すことになった。
 展覧会は10月25日から来年の1月12日まで、広島市現代美術館で開かれ、その4室を「再生へ」というテーマにして新たな作品に生まれ変えることになった。

 志賀は「いわきとかかわりのある作品なので命を伝えていきたい、ということなのだろう。かたちを変えても本質的なものは変わらない。蔡さんといわきとの関わり合い、精神は生き続ける。そうした思いが強いのだと思う」と言う。


(敬称略)
 
 
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