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「いわきからの贈り物プロジェクト実行会」のメンバーたちは淡々と廃船の掘り出し作業を続けた



 2月中旬の夜だった。議題は、蔡國強がポーランド・ワルシャワの現代美術館で行う作品展に、いわきから廃船を送るべきかどうか。予算は約300万強。いわき海星高校裏の砂浜に埋まっている廃船を掘り起こし、切断してコンテナに積み込む。しかも、それをポーランドに送る。以前に蔡から話しがあった時は、みんな「やるしかないだろう」という気持ちだったが、蔡が「忙しくて自分が立ち会えないし、申しわけない気持ちでいっぱい。やめるというならやめられます。みなさんで検討してください」と言ってきたのだ。リーダー役である志賀忠重が言った。「蔡さんの言葉に傲慢さはなかった。さまざまな感謝と配慮があった。さあ、みんなどうする」。

 「やりたい」。だれもがそう思っていた。いや、これまでのいきさつから言って、やらざるを得ない、という気持ちが強かった。しかし、300万円をどうするか、という部分で微妙なぶれが起こった。「単純に頭数で割ろう」という話になった時だった。確かにそうすれば話は一発で決まる。とは言っても、本当に七人で割ることができるのか。一番デリケートな問題だった。しかし、だれも「出せない」とは言わない。重苦しい空気が流れた。 そんな時、志賀が前回のプロジェクトには参加していなかったメンバーのひとりにやんわりと振った。「どんなもんだっぺ」。すると、そのメンバーはきちんと身の丈に合った言葉を吐いた。「はっきり言って自分には無理です」。それを聞いて志賀が言った。「そもそもこの会は、強制・強要はしないことが原則だ。しかも、無理はしない、という考え方がベースにある。できる範囲で協力するのが、この会の趣旨のはずだ」。みんな原点を思い出した。
 「苦しんでやっても楽しくないよね。前向きに楽しみながらやることを考えようよ」「おれはやりたい。この一週間のことは忘れているけれども、蔡さんとやってきたことは今でも鮮明に覚えている。これは思い出づくりなんだ」「携われるということで、もうわくわくしてるんだ」…。みんなからは肯定的な意見が相次いだ。しかし、やっぱり費用をどう捻出するのか、がネックになった。
 「蔡さんの作品図録やビデオを販売し、協賛を募る、というのはどうだろう。みんなで一生懸命歩いて、足りなかった時は、その分何らかのかたちで調達する。生み出せると思う。これは立て替えと考え、今回の廃船で造る作品が売れた時には、蔡さんに払ってもらおう。前貸しだ」。
 またも座長である志賀が助け船を出した。「じゃぁ、マスコミにも連絡して記事に扱ってもらおう」「さて、もう時間がないぞ、掘り出す段取りをつけないと」。みんなの目が輝き出した。そして、最後に志賀が言った。「一人でも『やめましょう』という人が出たらやめるつもりだった」。志賀の頭の中を「心はともにあります。ともにやっていきたい」という蔡の言葉が何回も駆けめぐった。

 志賀たちは「いわきからの贈り物プロジェクト実行会」を組織し、廃船を掘り起こして切断し、コンテナに詰めた。しかし、思わぬ 問題が持ち上がった。ポーランドの美術館が船の重さに耐えられない、というのだ。外に展示するにしても国の許可が必要だという。そうしているうちに、ワルシャワから、丁重な「お断りの手紙」が届いた。ところが廃船を欲しがっている団体がもう一つあった。スミソニアン博物館。秋に展示会を開くのだという。蔡はポーランドのあとにアメリカに持っていくつもりでいた。思わぬ ハプニングで廃船は直接、アメリカへ行くことになった。
(この項つづく=敬称略)




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