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蔡と真木が協力して作った菊茶用の陶器(左) 以来二人の交流はより深くなり今も続いている


 「蔡國強は、世界の美術界をヒマラヤ連山に例えると、その中でも飛び抜けた存在です。スケールが全然違う。蔡さんと会うたびにそれを感じます」。真木孝成は、真摯な目をしてそう言った。
 蔡と真木の出会いは、地平線プロジェクトといわき市立美術館での個展を準備しているときだった。藤田忠平が経営している画廊で蔡の作品を見たことはあった。しかしさほど気にも止めないでいた。そうしているうちに、プロジェクトの話が持ち上がり、蔡が滞在しているアトリエの庭で栽培した菊を煎じて飲む菊茶の器を、四倉の畑の土で作ろう、ということになった。そこで、藤田と知己がある、陶芸家の真木のところに話が来たのだった。
 真木は、そのころインドから帰って来たあとで、「余計なことにはかかわりたくない」という思いが強かった。ボランティアというのも基本的にはいやだった。藤田や志賀忠重が蔡を巡るプロジェクトにかかわっているのを横目で見ながら、静観の構えを貫いていた。しかし、話が来ればむげにも出来なかった。仕方なく蔡と会うことになり、ほんの数分、蔡と話しただけで蔡の魅力にとりつかれ、プロジェクトを手伝うことになった。それはアーティスト同士の感性の響き合いであると同時に、人間同士の直感のようなものでもあった。
 「それがね、『ボランティアなんてうそっぽい』って思っていた自分の気持ちが、蔡さんと話していたら、その十分か十五分後には、『そんなことどうでもいいや』って思っていたんですよ」。真木が述懐した。
 蔡は、あくまで畑の土を使いたがった。お茶を入れる土瓶、さらにそれを飲ませる湯飲み、そして焼き物を乗せる板さえも、「畑の土で形を作り焼きましょう」と言った。しかし、その細長い板を真木の窯で焼くには、二枚ずつ八回焼かなければならなかった。真木は「型を作ってその中に土を入れたらどうですか」と提案した。すると、蔡は「じゃぁ、そうしましょう」と了承した。さらに、土瓶や湯飲みの制作が始まった。真木はてっきり蔡が作るものだと思っていた。「自分はあくまで手伝いだ。アドバイスを送り、蔡が作ったものを焼いてやればいいんだろう」程度にしか思っていなかった。
 すると、蔡が例によってツルリと言った。「真木さん作ってみてください」。何となく、おずおずと作ってみると「いいです。それでいいですから。真木さん、そのまま作ってください」と蔡が言う。そんな調子でだんだん引き込まれ、「畑の土だけでは耐火性がないので、陶器用の粘土も混ぜましょう」などと指導をしながらも、最終的には、ほとんどを自分がすることになった。
 真木は蔡とつきあえばつきあうほど、「創造は無限であり、蔡という人間は与えられたポジションですべての能力を発揮する」ということを実感した。そして、かかわり合うことに喜びを感じるようになった。
 こんなことがあった。蔡が言った。「真木さん、また一緒にやりましょう」。すると、真木は軽い気持ちで返した。「それはお金になるの?」。すると蔡が、にこやかな表情を浮かべながら、さらっと言った。「アーティストはお金のことを考えてはいけません」。真木は「アイタタ」と思った。蔡に一本とられたのだ。「そういう人と知り合えたことが嬉しかったね」。真木が苦笑いしながら話してくれた。
 二年ほど前のことだろうか。真木は「アートではどういうものがいいですか?」と蔡に尋ねたことがある。すると蔡は「初めて見るものできれいなものがいい」と言った。芸術は時代時代で変容する。そうした中で、蔡は「きれい」という使い古された言葉を使いながらも、「きれいというのは美術の最低条件であり、人間の知恵を超えているもの。例えば、紙の上で火薬を発火させる。すると炎が現れる。炎は人間の知恵を超えている。それをきれいと言う」と言った。蔡は暗に「芸術というのは計算通 りに行かないもの、計算通りに行かないからこそおもしろくてきれいなんだ」と、自らの理念をさりげなく示したのだった。
(この項つづく=敬称略)



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