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プロジェクト実行に向けた作業が佳境を迎え実行会のメンバーがすべき仕事は山ほどあった



 「作品というのは生きものですから。変わるのが当然なんですよ。変わらない方が不自然なんです。社会そのものは変わっているわけですから」
(蔡國強)

 蔡のゴールに向けた作業が佳境を迎えようとしていた。歩を進めるたびに出てくる新たな発想、さらにそれを阻む世の中の常識。相変わらず問題は山積していた。
 蔡と実行会が行ってきた作業は海に光を走らせる地平線プロジェクトと市立美術館の蔡の個展「環太平洋から」が終わってしまえば、完結するはずだった。かかわり合った人たちにとって、なぜかそこがゴールには思えなかった。やっとスタートラインに立つような、そんな気分がみんなを支配していた。「終わることが寂しい」。正直そんな気持ちだったのかも知れない。メンバーたちは、それほど何かに突き動かされていた。
 実行会の仕事は山ほどあった。船をバラバラにして美術館内に運ぶめどが立つと、地平線プロジェクトの導火線づくりをしなければならなかった。はじめの予定では沖合二・五キロに十メートルの光の帯を走らせる、という計画だった。蔡は次々とアイディアを出し、その意味づけをした。それを実行するのがスタッフの仕事になった。藤田忠平が、志賀忠重が、佐藤進が知恵を絞った。
 まず導火線を用意し、ゴボウなどの野菜を入れる細長いビニール袋で包み、十五メートルのものをガムテープでつないでいく。はじめ導火線を三本仕込みテストをしたが、だめだった。火力が弱いうえに水が漏れて消えてしまう。次に導火線を倍の六本にし、ビニールを二重にしてみた。すると大丈夫のようだった。ただ、予算が軽くオーバーした。やむなく十キロの計画を半分の五キロに変更した。蔡にとって、火が走る距離が十キロであろうと五キロであろうと、さほど重要ではなかった。一番大事なのはみんなで喜びを共有し、物語をつくることだった。
 蔡の発想はまともに社会とぶつかった。砂浜から掘り出した船の下に塩を敷きたいというのだ。さらに船からはがした板を使って三丈の塔をつくり、それで、美術館のシンボルともいえるヘンリー・ムーアの像をすっぽりと覆いたい、と言う。美術館は正直、頭を抱えた。
 塩の量は十トン。なんと大型ダンプ一台分。それがどのくらいの値段で手に入るのか、かいもく見当がつかない。志賀は塩探しに奔走した。まず蔡を連れて小名浜へ向かい岩塩を見せると、蔡は「キラキラしていなければだめだ」と言う。その足で小名浜海陸運送に寄ってみると、海水で塩をつくっている会社が小名浜にあることを知った。
 新日本ソルト。さまざまな経過をたどりながら、塩は無償提供されることになった。しかし、美術館に直接塩を敷くことはできない。高価な美術品にとって塩は大敵であり、エアコンに入り込んでしまえば、館そのものが使えなくなってしまう。行き詰まった、と思った瞬間、「ビニールに包みましょう」と蔡が言い出した。塩の中に魚を入れ、それを手ごろな大きさのビニールでラッピングし、船の下に敷くのだという。
 そして三丈の塔。蔡は、美術館側の「それはできない」という返事を受け、三つの塔を重ねるのではなく、美術館の前にバラバラに置くことにした。すると不思議なことに、視線が三つの塔に引き寄せられ、ヘンリー・ムーアの像が視界から消えた。
 平野明彦は書いている。
 「蔡のプロジェクトは様々な矛盾と混乱を内部に保留したまま進行していく。それは一つ一つ整然と筋道に従い物事を積み上げていくスタイルとはまるで程遠いもので、様々な異分子さえもプロジェクトを成立させるに必要な要素として扱われる。蔡において矛盾は矛盾として肯定され、混乱が生み出す秩序でさえそれは世界にとっての必然となりえる。
(中略)

 蔡のプロジェクトは、美術のまわりくどい言説が入り込む余地がないほど直接的で劇的な意識の解放を人々にもたらす。そして解放された意識は、時空を超え、それぞれの精神の遙かなる深みに達していくのである」
(この項つづく=敬称略)




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