2018年、新しい年が始まりました。 原発事故以来、放射能のことは毎日頭をよぎります。しかし7年になろうとしている今、その危機感もどんどん鈍くなり、不安度も下がり、チェック機能もだんだん薄れている自分がいます。 モニタリングポストの数値をながめ、変化のないことに安堵し、食物を購入する時もラベルを見て「まっ、いいか!」と手に取る。そんな日常の中、大越さん農家の生活が書かれていました。汚染マップとにらみ合い、記録しつつていねいに土と向き合う姿、農家の人々は私たち消費者より、尚いっそう真剣だし深刻です。 ふと内部被曝のことを考えました。科学者のペトカウ氏が発見したペトカウ効果 。それは、低レベルの放射能を長時間照射されると、高線量 で短時間照射されるより、5000分の1の量で細胞膜は破壊されるというものです。つまり、少量 で慢性的な放射線照射は、高線量の短時間照射より、その影響が大きいということなのです。 私はその文献を読んだ時、初めて内部被曝の恐ろしさを実感しました。そして原発事故が人類、そして自然をも一瞬に破滅する、人間による地上最悪のものだと思い知らされました。 あれからもうすぐ7年…。放射能のことを、あらためて考えていかなければならないと思います。むしろ被害はこれからです。私の生存中には終わらない廃炉作業。その中で人々は外部被曝し、内部では残蓄して活動続ける放射能、そしていつ起こるかわからない巨大地震! 人間とは実に愚かなものです。権力を握る人間の人格、知性、想像性が今ほど問われることはないと思います。 夏目漱石は、ある講演の中で「権力者は人格者でなければならない。私利私欲にかられた人間が権力を持ったならば最悪である」と言いました。今日、その言葉が身にしみます。 日々の新聞には必ず優れた庶民の生きざまが紹介され、日本国民ってすごいなあ、と感動させられます。それなのに、どうして政治家にはそういう立派な人が見当らないのでしょう。 長年フランスで暮らす友が嘆いておりました。「日本国民は最高だけど、日本の政治家は最低だね」と。
12月に、東京の本郷文化フォーラムで話をしました。主催は「ふくしま支援・人と文化ネットワーク」。代表はいわき出身の講談師・神田香織さんで、テーマは「分断」でした。知り合いや読者の方などが来てくれて、とてもいいひとときを過ごしました。 地下鉄の本郷三丁目駅で降り、歩いて会場に向かったのですが、日活本社のすぐ近くであることを確認し、散策しながら小さな中華食堂に入りました。東大が近くにあるせいか、客も学生や大学関係者と思われる人ばかりです。「どうしたら安い予算で調査ができるか」という話をしています。町の空気を感じられる、食堂ならではの体験でした。
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