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画・松本 令子 
 
 池本 英子

 日々の新聞との出会いを思い起こしている。
 2011年3月11日の地震が起こるまでは、私は福島県いわき市をまったく知らなかった。あの日、家の前の道路に立っていて、地震の揺れで家ががたがた、ぎしぎしと音をたてているのに、何が起こっているかを把握さえできなかった。不安で動悸がして、隅田川沿いに住んでいる娘と孫は大丈夫かと、無事を確認するのがやっとだった。
 震源地から離れた東京でもこれだけ揺れたのだから、震源地近くの皆さんの体験は想像を絶するものだったと思う。とりあえず、身近な人たちの無事を確認し、その後はテレビに見入っていた。繰り返される津波の映像、火災が起きた被災地からの中継が続いていた。
 大塚モスク(日本イスラーム文化センター)の友人から電話が鳴った。トルコのNGOが日本に支援にやって来ると言って「東北には行けますか?」と聞くので「無理ですよ、道も分断されていて通 行禁止だと思います」と、返事した。
 しかしトルコのNGOは、翌日には関西空港に飛んで来た。東京経由で仙台に到着した彼らは「食料が足りないから運んで欲しい」と言う。その後、大塚モスクから食糧などの支援物資が毎日、運ばれた。支援のおにぎり作りはモスクだけでは足りず、文京区の光源寺でもたくさんの人たちが集まって作り続けた。
 いわき市に炊き出しを運ぶことになったのは、東京から日帰りで行けること、福島原発の事故もあって、いわきへ支援に行く人が少なかったことがある。4月に入ると、モスクからのおにぎり支援はカレーに代わっていたが、5月には気温も上がって東京から運ぶのが無理になった。
 いわき市泉町にいわきモスクが見つかり、そこを拠点に大塚モスクから常駐するコックを派遣することになり、毎日、避難所にカレーなどを届けていた。カレー以外のものも届けたいと、文京区在住の友人と4人でいわきの炊き出しに参加した。
 いわきに行ったら「日々の新聞」を訪ねようと誘ってくれたのは、作家の森まゆみさんだった。3日目に日々の新聞を訪ねた時は、5月と思えないほどの暑さだったが、事務所に入った時の明るい陽射し、凉しい風が吹き抜けたことを、今も覚えている。  帰りに、日々の新聞を頂いた。夜には、いわき駅近くでいわきママの会の方も一緒に食事をした。その時に地震当日や、その後のいわきについても話が聞けた。「そうだこの日々の新聞を読んでみよう」と思ったのは、この時だった。
 「いわきの名物は、めひかりですよ!」と、安竜さんと大越さんに勧められ、食べてみた。美味しかった!

(日暮里富士見坂を守る会)




 編集室にサボテンがあります。冬になるとしおれてしまうのですが、弱ったところを切って植え替えると、また芽が出ます。すごい生命力です。最近、鉢が2つに増えました。
 去年の夏はインターンシップの学生にサボテン係を申しつけました。出社したら外に出して夕方しまいます。水は自分の判断で与えます。取材をして原稿を書かなければならないので忘れてしまうこともあります。「いま何をすべきか」、優先順位 を判断する訓練でもあります。今年も学生が来る予定です。はたしてどうでしょうか。  

(編集人 安竜昌弘)



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