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画・松本 令子 
 
 木田 修作

 東京で記者をやっていて、いろいろあって会社を辞めようと思っていた頃、高円寺の飲み屋でとある新聞の話を聞いた。「日々の新聞」という新聞だった。ちょうど去年の今頃だった。今も気持ちだけは記者のつもりで、取材をしたり、物書きをしたりしている。そんな私にとって「日々の新聞」は羅針盤のような、目標のような新聞だ。だから、こんなふうに原稿を書いていることが不思議な感じがする。
 震災と原発事故の後、私は一旦言葉を失った。記者であるにも関わらず、この状況を言い当てる言葉が何1つ見つからず、どんな記事を書いても違和感だけが残った。時が経つにつれてそれはどんどん大きくなり、その違和感に対して正直であろうと思った。そして、いろんな偶然と必然が重なり、私はいまいわきに住んでいる。
 言葉がないとき、人は不安になる。不安になるから、わかりやすい言葉に流されていく。人は複雑な状況を複雑に理解しようとはしない。しかし、複雑な時ほど、足元を見つめていこうと思う。足元を離れた言葉は、いつも空虚である。「震災から5年」を報じる大メディアは、果 たして地に足がついていたか。
 313号の若松丈太郎さんが詩の一節が、いまも心に残る。
 「たとえば5年という時間に/特別な意味がなかったと感じたりもし/特別 の意味があったと感じたりもする」
 原発事故後の福島は、いわきは、被災地であると同時に、日常もまた続いている。原発事故の影響と日常の生活。ここで生きる人にとって、どちらも大切な問題で、地に足がついた言葉が求められている。
 私はというと、足元を見つめ、言葉を探す日々が続く。

(小冊子『とまり木』記者)




 編集室に広島県を中心に発行されている「中国新聞」が届きました。記事に付箋が貼ってあって、「福島発『日々の新聞』」という見出しがついています。読者で中国新聞論説委員の石丸賢さんが「潮流」という欄に書いたコラムでした。
 「日々の新聞」の読者は北海道から沖縄まで全国にいます。そのなかには同じような思いを抱いて取材し、記事を書いているジャーナリストもいます。こういうかたちでエールを送られると、面 はゆい半面、嬉しいものです。
 いまメディアの世界では、市民目線の素直な問いかけが「偏向報道」のレッテルを張られ、過剰な自主規制や同調圧力が広がっています。権力を監視し、多様な価値観を認め合うことが基本なはずなのに、萎縮しているのです。それを感じたのは原発と放射能問題でした。それぞれが自分にできることを考え、心してかからなければなりません。

(編集人 安竜昌弘)



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