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画・松本 令子 
 
 高田 昌幸

 「誇りを持って踊ったダンス」「気持ちよく踊ったソロ」―。こんな見出しが並ぶ「日々の新聞」第193号の発行日は、「2011年3月15日」と印字されている。同月下旬にいわき市で開かれる予定だった「フラガールズ甲子園」の特集記事だ。
 当たり前だけれども、次の194号から内容は大きく変わった。発行は大きく遅れ、4月13日。実は193号も東日本大震災の影響で発送が遅れ、一部地域を除く読者はこの2号を同梱で受け取っている。
 194号は震災後、初の発行だった。原発事故の記事で埋め尽くされる中、脱原発福島ネットワーク代表世話人の佐藤和良さんはこう言っている。「はっきり言えるのは『3.11』以前と以降では世の中、社会が変わってしまった。被曝中、被曝後の世界になった」と。
 同号の発行後、日々の新聞のブログ「いわき日和」も「うまく説明できないのだが、『3.11』以来、何かが変わった。社会も変わるような気配を感じる」と記した。そしてこう続く。「どう変わるのかはわからないが、権威や肩書き、ごまかしが通 用しない世の中になってもらいたいと思う。自分に都合の悪い人間をスポイルするのではなく、多様な価値観を認め合い、真摯に議論できるようになってもらいたい」。
 大震災から「まだ5年」か「もう5年」か。痛みの程度によって、受け止め方は異なる。福島の人々と高知の人々のそれが、同じはずはない。
 しかし日本は、震災直後の号が期待した方向には変わらなかった。それどころか、大メディアは「5年」などの節目にメモリアルのように思い起こす程度になってきた。毎号、足元から福島を問う「日々の新聞」とは、そこが決定的に違う。なぜそうなるのか。その問いすら、多くの人は忘れかけている。

(高知新聞記者)




 1面は若松丈太郎さんの詩にしました。静かに深く、心に沁みていきます。若松さんの5年を思いながら、自分の5年と向き合います。そして、子どもたちの未来を思わざるを得ませんでした。
 3.11は中学校の卒業式でした。津波被害に見舞われた海辺の中学校へ行きたかったのですが、「静かにそっとやりたいので…」と丁重に断られました。
 生きていれば、その中学校の卒業式に出るはずだった鈴木姫花さんの家を訪ねて、仏壇に手を合わせました。写 真のなかで小学生の姫花さんが微笑んでいました。それぞれの3.11があります。
 「震災から5年」の報道と接して感じるのは、「何かやらなくては」という義務感です。報道の手法、常識が凝り固まっていて、横並びの印象がぬ ぐえません。一見同じに感じる記事の塊が、目や耳に飛び込んできます。ここにも、発表ジャーナリズムを脱しきれない、マスコミの姿があります。みずからの姿も鏡に映し、心してかからなければなりません。

(編集人 安竜昌弘)



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