| 夏井 芳徳 |
『日々の新聞』第126号(2008年5月31日付)の特集では、いわき市内の鉱泉が取り上げられていた。
鉱泉めぐりガイドマップみたいな取り上げ方ではなく、記者の目は専ら鉱泉の今日的な存在意義や鉱泉に関わる人々、さらには鉱泉を取り巻く自然環境などに向けられ、記事の内容は鉱泉ルポルタージュ、もしくはドキュメントの観を呈していた。
その鉱泉ルポルタージュ、もしくはドキュメントを読み進んでいくと、私たちは様々なことに気づかされ、そして、考えさせられることになる。私が特に考えさせられたのは、記事中の次のような記述だ。「宿泊客は緑のなかを散歩して、日に5回ぐらい風呂に入り、風に吹かれながら冷たい物を飲み、のんびりと過ごす。そして旬の海のものを味わい、異空間のなかで心も体もゆっくり休める」「古ぶるしい建物、のんびりした佇まい。そして『やっぱり成沢がいい』とやってくる客たち…。そこには時間が止まっているような空気感がある」「お湯に何度も入って身も心ものんびり、ゆったり過ごし、自然に帰るのが、いまの鉱泉宿のようだ」「あちこちで野鳥の鳴き声がする。ふと見ると、鳥用にたくさんのリンゴが置いてある。ここは、生きるものすべてのサンクチュアリ(聖域)なのだ」。
人々は「時間が止まっているような」「異空間」「サンクチュアリ(聖域)」の中に身を置くために鉱泉宿を訪れ、そこにある自然やそこを流れる時間の中に身を沈め、心身を癒し、リフレッシュする…というのは、好ましいことのように思われる。しかし、これを裏返って考えてみると、恐ろしいものが見えてくる。つまり、現実の社会生活は私たちの心身をそれほどまでに痛めつけ、疲れさせている…ということだ。
鉱泉宿が人にやさしい場所であり続けることは大切なことだが、私たちの日常の社会が人にやさしい場所であることも大切なことであると思う。
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(いわき明星大学人文学部 非常勤講師)
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創刊時からエッセイなどを書いていただいている川本三郎さんの奥さん、恵子さん(ファッション評論家)が亡くなられました。57歳でした。
川本さんに用があるとき、何回か電話をつないでもらったのですが、電話を通してそのチャーミングな雰囲気が伝わってきました。
『ファッション主義』(ちくまぶっくす)に「センスはお金で買えません」という恵子さんの文章があります。そこには「身につける物で自分の財力や社会的地位を誇ることなど、私たちには“野暮”としか思えない。(中略)女は男のショーウィンドウではないのだ」と書いています。雑誌に連載していたファッションエッセイをまとめた本なのですが、その文体は歯切れがよく、リズミカルで颯爽としています。
「文は人なり」と言いますが、恵子さんとはたぶん、テンポのよい文章そのものの素敵な女性だったのでしょう。心よりご冥福をお祈りしたいと思います。
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