GIFアニメ 日々の新聞
CONTENTS オリジナルショップ
日々の新聞
風の通る家
いわきクロニクル
オンブズマン
編集後記
招待席

田人お伽草紙
草野天平の頁
HIBINO IN IWAKI
時のゆくえ
仲間たちの野辺送り
蔡國強といわきの物語
DUO
オリジナルショップ
定期購読
リンク集


 いわき市と市立常磐病院の後継医療機関の財団法人ときわ会(半沢幸一理事長)が11月30日、引継ぎに関する基本協定書を結んだ。予定より二カ月遅れの締結。ときわ会事務局長の佐藤隆治さん、市立常磐病院院長の江尻友三さんに引継ぎまでのことと引継ぎ後のこと、それに市立総合磐城共立病院救急救命センター長の小山敦さんにいわきの救急の現状、あり方について聞いた。



■市立では無理だとしても 民間だからできることも
  ときわ会事務局長 佐藤 隆治さん


 市立常磐病院の引き継ぎについて、いわき市とときわ会との間に基本協定が結ばれたのが11月30日。予想外に手間取りました。市にもいろいろ事情があったのでしょうが、「来年4月1日オープン」が前提ですから、「日程的に詰まっている」というのが実感です。年末年始の休みを除くと、もう3カ月ちょっとしかありません。
 協定書の取り交わしと同時に常磐病院内に準備室を置き、やっと表立って動けるようになりました。水面 下で動くというのは、やはり限界がありました。やはり正式に協定を結んでからでないと…。このスケジュールの遅れは正直痛かったです。
  後継医療機関として1番優先しなければならないのは、患者さんに迷惑をかけてはいけない、ということです。それには準備をきちんとして基礎固めをし、意思の統一を図らなければなりません。常磐病院の建物の補修や解体、さらに医師、看護師の確保などすべきことはたくさんありますが、まずはなかに入って、1つひとつ積み上げ、早い段階で充実していくつもりです。そのためのタイムチャートをつくって、スムーズな移行の仕方を探っています。看護師の配置やベッド数の問題など、やるべきことが山積しています。
 ときわ会が手を挙げたのは「地域医療の崩壊を防がなければならない」という思いからでした。正直、理事会ではさまざまな意見が出て、すんなりは決まりませんでした。そうしたなかで最終的には、常盤理事長の「地域医療を守らなければ」という一言が大きな決め手になりました。事務方にとっては既定路線を走っていた方が当然楽なのですが、方向が大きくシフトされ、保健福祉センターわきにつくる予定だった新病院構想は、あと回しになりました。
 市に負担をお願いしたのは「最低10年間は病院を続ける」という条件を前提に考えた末でのことです。新しい常磐病院は、現スタッフで4月以降も残ることが確定している4人と竹林病院の5人、さらに現在交渉中の何人かの、9人プラスアルファでスタートすることになります。
 でも医師をきちんと確保しないと、1人医局による燃え尽き症候群などにつながることが多いので、それを回避するために奔走しています。対象は当然市外。先生方のつてを使ったり、さまざまな情報を頼りに歩いています。メールや電話ではなく、どんなに小さなことでも直接会って話すのが基本で、つねに対面 交渉。誠意を持ってつなぐことが自分の仕事、役割だと思っています。それをすることで医師探しが広がっていくんです。
 保健福祉センターわきの病院構想は泌尿器科を中心としたものでしたが、今回常磐病院の後継病院になったことで総合的な機能を持った病院をめざすことになります。共立病院などを補完する中間を担える病院にすることが目的で、救急の受け入れも早い段階で常磐病院レベルの900件が達成できるよう努力していきたいですね。それには、何より医師確保によるサポート体制の強化です。現時点ではいない、消化器内科の医師についても当たっています。またPETセンターも1年後には開設したいと思っています。
 市立では無理でも民間だからこそできることがありますから、そのメリットを最大限に生かして、地域医療に貢献することが、わたしたちの使命だと思うんです。在宅にも力を入れ、地域の医師が使えるようなオープン病院にもするつもりです。事務方の転勤がないので専門性を確保することが可能なので、長期的な作戦も立てられます。
 保健福祉センターわきの計画は順番が逆になりましたが、進めます。これからは大病院の再編が起こるはずですから、同じようなものを同じようにやっていくよりも役割を持った施設にしていきたいと思っています。いわき泌尿器科病院については、病院のままか診療所か、まだはっきり決まってはいません。



■せっかく残るのだから いい病院にしたい
  常磐病院院長 江尻 友三さん


 常磐病院が残ることに決まり、ほっとしています。医師も最高で7人、悪くすると5人残ってくれるかなと思っていましたが、確定しているのは4人です。市とときわ会が協定を結ぶのが予定より2カ月遅れ、はっきりしない間に医局からの要請や市内の病院からの引き合いなどもあったようです。医局からの要請は、どうしても動向がはっきりしないところに注目がいきますから。遅れているなかで、私たちにも状況を説明するなど、市にもう少しきめ細やかさがあればよかったですね。
 でも来年3月まで、医師たちが一緒にやってくれれば上々です。いてくれたことに感謝します。そのあとのことは、それぞれの医師の責任で動いているので、仕方ありません。昨年10月に一市一病院と決まり、この間、医師が1人でも辞めてしまったら、救急医療ができなくなるところでした。救急の当直は月に5、6回で、5回以上になると、ぼくが代わってやるようにしていました。みんなが「常磐病院の最後までいいですよ」と言ってくれて、だれも足並みを変えず、よく我慢してくれたと思います。
 せっかくこの病院が残るのですから、よくしたいという思いがあります。ぼくもほかからの誘いはありましたが、初期研修をここでやって、ほかで勉強してきてまたここに戻って、ずっとここで診療してきました。この病院がいい形で残るようにして、そして辞めたいと考えています。迷いの姿勢はありません。これまで患者さんからも「どうするんですか」と言われてきましたが、その度に「心配しなくてもいいよ」と話していましたから。
 協定が結ばれた後、患者さんが今後の方針を決めるために、ときわ会への民間委譲後の常磐病院の医師の去就を院内に掲示して、お知らせしています。民間委譲までどうしても半年はほしかったので、やっと内装のことなども話し合うことができ、ばたばたしています。
 管理棟や南病棟を壊したり、内装工事をしたり、耐震性を増したり、施設が整うまでに1年ぐらいかかります。常磐病院の立場からすると、外科系はいままで通 りで、循環器内科の医師も1人残ってくれますが、消化器内科と糖尿病の専門医がいなくなってしまいます。新しい病院になった時に常磐病院に残る医師たちと竹林病院の医師たちのほかに、あとどれくらい医師を確保できるかです。こちらに透析センターができるまでは、いわき泌尿器科の医師は異動できませんから。
 民間委譲されてどういう病院ができるのかは最初の2年にかかっていると思います。理想は高く持っています。ただ工事をしている最初の1年だけは、救急医療もこれまで常磐病院が受け入れてきたようには難しいです。ただ、いままで通 り、自分の患者さんの具合が悪くなった場合の受け入れは守るつもりです。本来、どの病院もそうであれば、救急の問題はないはずなのです。
 委譲後も在宅の患者さんを持っているので、在宅医療もやっていきます。ときわ会は療養施設を持っているので、退院後も必要であれば施設で療養できますし、訪問看護センターもあります。リハビリもやりますし、透析もできます。工事期間中を含め、過渡期をスムーズに移行できたらと思っています。


■二次輪番病院の ルールをきちっと つくってほしい
  総合磐城共立病院救命救急センター長  小山 敦さん 


 救急車の搬送件数はここ2年、いくらか減少傾向にあります。共立病院への搬送はほぼ横ばいですが、救急車の適正利用対策などで軽症が減っているようです。ただ、救急隊の問い合わせ件数は増えていて、搬送先が決まるまでに救急隊が10数回問い合わせるなどというのは増えています。
 原因は、医師不足のために二次輪番の病院もぎりぎりの状態で、救急車を受け入れられないというのが一つ。それに、患者の専門医志向というのがあります。救急車の搬送台数は減少していますが、受け入れ体制は楽にならず、急によくなる見込みはありません。
 二次輪番のルールをもっときちっとつくってほしいですが、それを話し合える場がありません。例えば、輪番の日にはレントゲン技師も当直で置く、輪番への補助金は当直の医療スタッフを置くために使うなど、ルールを決めて、特別 な体制をとることが必要だと思います。財政的なこともあるので、市地域医療協議会などトップ同士で話し合わなければなりません。
  共立病院の救命救急センターはいま、常勤医師3人と研修医1人の4人で、2人ずつ当直を回しています。救急車の搬送は1日に10数件。ずっとセンターで入院を抱えたら大変なので、他科に患者さんを回していますから、他科の先生たちも大変です。
 神経内科の常勤医師がいなくなったころから、院内の協力を得て、内科と外科で輪番を決めてもらい、心筋梗塞、骨折などストレートに診療科がわかる患者さんはその科で担当してもらっています。院内での体制はできていますし、日曜日には東北大学附属病院で救急を担当している共立病院OB医師が手伝ってもくれていて、改善されています。
 患者さんの状態による病院の振りわけは、だれもやらないから最前線の救急隊がやっています。三次救急の適応じゃないものは二次輪番の病院にあたってもらっています。それでも「○件断られて、お願いします」と、共立病院に連絡が来ます。
 搬送先が決まらなくて、探している時に最悪の場合になったら大変です。「二次輪番をあたってください」と、ぼくらが救急隊に言うのは、そうやっていかないと重症を取りこぼしてしまう恐れがあるからで、二次の患者は二次輪番の病院で受け入れてほしいと思います。
 受け入れを断った時は、まだ患者を乗せた救急車がいわきの界隈を彷徨っているのではと心配で、受け入れ先が決まったかどうか消防本部に問い合わせています。年間に四千弱ほど共立病院に搬送されてくる救急車のうち、時間外が3000件ほどで夜の受け入れが難しいです。4000件のうち500件はよそからの救急車で、相双地区はいわきよりもっと大変になっています。
 理想的な救急医療は、いま二次輪番の病院が17あるので、北と南に1病院ずつの当番制で、それぞれに外科と内科があればいいです。例えば、四倉から錦の呉羽病院に搬送するのは難しいです。いわきはこれだけ広いのですから、本当なら、休日夜間診療所も北と南にあってもいいと思います。二次輪番のきちんとしたルールづくりをして、輪番にあたっている病院の当直の先生は「きょうは輪番」と意識してほしいと思います
。  二次輪番の病院のまとめ役が必要です。最終的に患者さんはどこかに収まっていますが、救急隊にしわ寄せがきています。どこかで突破口を開かないと、救急隊がかわいそうです。







日々の新聞風の通 る家いわきクロニクルオンブズマン情報
編集後記田人お伽草紙草野天平の頁日比野克彦のページ
フラガールオリジナルショップ定期購読リンク集

 
  画面上へ