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Katsuhiko hibino in Iwaki 2001
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 植物たちは自分で行動を起こしているのではなくて、暖かくなったら活動が始まり、寒くなったら待機する…とか、そんなことを自分の中で植物は考えてもしないけれど、そう仕込まれてきた。仕込んだほうも、仕込まれたほうも、互いにその意識はない。ならば誰が仕込んだのか?プログラミングされているということはプログラムしたやつがいると考えてよい‥‥のか?
 『利己的な遺伝子』という本が10年ほど前に世を騒がせた。生命体は遺伝子の媒体でしかないという考え方。この私はいったい誰のために存在しているのか? 自分よがりは嫌だと思うけれど、自分よがりのほうがどう考えても正直なところであろう。その子供じみた大人気ない行動を慎むことがプログラミングされていることに対して、対抗している、と言っていいのか…どうか。利己的な遺伝子の言いなりにはならないという姿勢が成人なのか?
 アートという言い方は実にいい加減である。これはいいのか? 悪いのか? 芸術もしかりである。これに対抗する言葉を創ることは有りうるのか? この行為はプログラミングされている範疇なのであろうかどうか? アウト・オブ・コントロールということが花咲く時代が日本においてどのタイミングで何処から始まるのか?
 水戸において今年で6回目の明後日朝顔の育成が始まった。一昨年からは明後日朝顔会議なるものも水戸で始まり、今年は3回目と続いている。年中行事となっている明後日朝顔はプログラミングされてきている。するとそのプログラムから外れようとするものも出てくる。今年の明後日朝顔参加地域の公式数は昨年同様22であるが、内訳は22−1+1=22ということである。
 明後日朝顔会議では「待つ力(種はいつまでも待っている)」というタイトルで私が口火を切って始まった。その後全国10地域から集まった人達による昨年の明後日朝顔事業の報告会である。  明後日朝顔は仕込まれていない。しかし仕込まれてみたい。自分たちが考えていることは学生の中にいるかもしれない。ウッドデッキに22地域の名前を書く予定だけれども…。これからは1+1−1+1−などの気持ちを伝えてください。
(アーティスト)
※紙面に掲載される画像はモノクロになります。




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