GIFアニメ 日々の新聞
CONTENTS 日比野克彦のページ
DAY AFTER TOMORROW
Katsuhiko hibino in Iwaki 2001
日比野克彦特集 新聞販売
しんぶんのおりこみチラシのしんぶんのおりこみ
日々の新聞
風の通る家
いわきクロニクル
オンブズマン
編集後記
招待席

田人お伽草紙
草野天平の頁
HIBINO IN IWAKI
時のゆくえ
仲間たちの野辺送り
蔡國強といわきの物語
DUO
オリジナルショップ
定期購読
リンク集
0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41
42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62
63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83
84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104
105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125
126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146
147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167
168 169 170 171 172 173 174 175 176 177                      



 私が生まれたのは岐阜市矢島町という住所である。その矢島町の家には、今は誰も住んでいない。近くには伊奈波神社という岐阜市で1番の神社があり、毎年春には、伊奈波神社に参る「岐阜祭り」が行われる。しかし私の記憶は、生まれた家と祭りがつながっていない。岐阜祭りは知っているが、矢島町の家で岐阜祭りを迎えた記憶がない。
 4月の最初の週末、その岐阜祭りに顔を出した。すると矢島町の人から声をかけられた。その呼びかけ声は「ひびのさん」ではなく、「かっちゃん」であった。私は矢島町の家に小学校に入学する前まで住んでいた。今から50年も前の事である。
  伊奈波神社の参道に面する矢島町はみんなお揃いの法被を着て、山車の番をしている。今年は8年に1度順番に回ってくる山車当番である。桜が満開である。からくり人形の山車は参道に参る準備をしていた。
 この日私は父親と妹と3人で来ていた。矢島町の日比野の家は父親が育った家であり、父親が母と新婚時代に過ごし、私を産んだ家である。父は山車を見ながら、岐阜祭りのことを話し始めた。
 「神輿の上に乗ってやんちゃをしとったなあ」
 初めて聞くエピソードであった。父親は矢島町の懐かしい顔を見つけると、自分の幼い頃の記憶を話し出した。誰も住んでいない家の事を矢島町の人は気にしていた。父親は私の事を「克彦」と呼ぶ。親戚 のおじさんも「克彦」と呼ぶ。親戚のおばさんは「かっちゃん」と呼ぶ。親戚 以外で「かっちゃん」と読んでくれるのは、矢島町の人だけである。
 私にとっての矢島町は何なのだろうか?そして誰も住んでいない矢島町の日比野の家は、矢島町の人にとっては何なのだろうか?
(アーティスト)
※紙面に掲載される画像はモノクロになります。




日々の新聞風の通 る家いわきクロニクルオンブズマン情報
編集後記田人お伽草紙草野天平の頁日比野克彦のページ
フラガールオリジナルショップ定期購読リンク集


 
  ホームへ画面上へ