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 三宅島に行ってきました。海底で水中スケッチなるものをしてきました。全長100メートルの紙を用意して、スキューバダイビングの装備で45分間潜って描きました。「なんてバカなことを」「どういうことなのそれは?」「何がしたいわけ?」などなど鋭い突っ込みが聞こえます。ハイ、ごもっとも。私もそこまでするつもりではありませんでしたが。結果 的にそうなってしまったのです。
  事の起こりは「水の中で仕事がしたい!」という、漁師に対する絵描きの勝手なあこがれでした。それが強引な組み合わせを起こさせてしまったのです。私の仕事が絵を描くこととするならば、そしてその私が、海で仕事をするということに憧れるならば、水中で絵を描くことでしょう!と、あいなったわけであります。
  一番最初に水中スケッチをしたのは10年前の九州宮崎の日向でのことでした、その時は普通 の紙で描いたので1分くらいしか紙が持ちません。その後、水に溶けない紙「ユポ」と出合い、2008年の沖縄ではスキューバーを装備して水中スケッチ大会を行いました。その時の紙のサイズはB3サイズほどで、プラスチックダンボールを画板にしてクレヨンで絵を描きました。そしていよいよ三宅島のお話です。
  ユポを作っている会社に「紙を提供してもらえないか」と掛け合ったところ、なんと製紙工場から1本ロールの状態なら提供してもらえる、ということになり、では思い切って「まるごと1本!」とお願いして100m巻の紙が手に入ったというか、やってくることになったのです。
  そして三宅島では、火山噴火で2000年に全島避難してから、今は徐々に人々が島に帰りつつあります。しかし人口は減ってしまい、島から、「一度来て何かやってくれ〜」という声が上がり、今回の水中スケッチ大会イン三宅島ということになったというわけです。
  しかし、いきなり100m描けるということは想像はできていなく、描けるだけ描いてみようということで始めてみたら、描けてしまったということです。まあ意地で描いたともいえるのですが・・・。
  きっとこれは、ギネス級かもと、一緒にいた仲間も仰天びっくり、実は私もびっくり、こんなことは計画しても計画しきれないし、計画していたら途中で「ムリムリ」。紙はそこまで用意はしなかったろうし、どこでどうなってこうなるかは、すべてがご縁であります。これからも「ご縁」を大切にして、自分が想像した以上のことが現実になる楽しさを味わっていきたいものです。

(アーティスト)




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