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高橋晃平さん (いわき絵幟作家)
 
 五月晴れの空を泳ぐ鯉のぼり、そして庭先ではためく絵幟…。光が輝き、風がさわやかだ。ふと、思った。「そうだ、今は高橋さんの季節なんだ」。平字正月町で、父親から教わった昔ながらの絵幟の手描き技術を淡々と守り続けている高橋晃平さん(84)。その今、を取材した。
 高橋さんの家は代々職人さん。旅好きだった祖父は、「気軽に旅ができる仕事はないか」と考えた末に、桶屋になった。そうした素地があって父・与平さんが絵幟づくりの修業をした。それを高橋さんが手伝うようになり、商売をダルマまで広げた。
 「尋常高等小学校出てすぐ、この道に入ったがらね、もう70年近いんだねぇ」。高橋さんがたばこをくゆらせながら職人顔でつぶやいた。
 歴史研究家の佐藤孝徳さんによると、絵幟の起源は戦国時代の終わりごろ。かつては鯉のぼりも内飾りの人形もなく、絵幟だけだった。いわきでは江戸時代の正徳年間(1711〜1716年)に平藩で「初節句でない家でも幟を立てなさい」というおふれを出したことから、積極的に絵幟が立てられるようになった。その慣習が明治まで続き、かつて平の本町通 りは幟が連なっていて、暗くなるほどだったという。
 「染め物は顔がだめなのね。型でとっからねぇ」と高橋さん。いわき絵幟は、まず薄くノリを付けたあと、薄い墨で下書きし、ニカワなどの顔料で色を付けていく。刷毛で濃淡を付け、干して仕上げに移る。そして、家紋を入れる。それは手間のかかる仕事だ。いわきの絵幟は色が鮮やかなことで知られており、高橋さんのものは特に豪快、と言われてきた。柄は同じでも、その時々で微妙に違う。だからひとつとして同じものがない。それが手描きの良さと言える。
 金太郎、義経の八艘飛び、八幡太郎義家、川中島の戦い…。工房にはさまざまな図柄が並ぶ。
 高橋さんはそれらを見ながら「80年も生きっとね、いろいろあったよ。なぐせね、って思うのがな。息子が手伝ってくれてね。ていねいにやってくれんだわ」と目を細めた。






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