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 高杉和久さんが描いた小川諏訪神社のしだれ桜。まるで満天の星がすべて流れ星になってこちらに迫ってくるような、きらめきがある。高杉さんは春になると、スケッチブックを持って小川へ行き、この桜と対峙しているが、その妖しさというか荘厳さまでは到達しない、という。
 20歳前だった。芸大受験に失敗し、人生の岐路に立たされていた。父は絵の道に進むことに反対していた。「とにかく東京に出て絵の勉強がしたい」。そう思ってはいたが、すべてを振り切るわけにはいかなかった。迷いが体全体を包んでいた。
 そんな時、母が2万円を握らせて、こう言った。

 明日ありと/思う心のあだ桜/夜半に嵐の
  吹かぬものかは

 道を志したなら行動を起こすんだ。明日があると思ってはいけない。今が盛りのこの桜だって一陣の嵐で散ってしまう。明日見られるとは限らないのだから―。親鸞の言葉だった。 高杉さんは母に背中をぽんと押され、東京の先輩の下宿に転がり込む決意をする。そして上野駅に降り立った時、上野の山の桜は、まぶしいほど満開だった。
 母はすでに亡く、自分も55歳になった。そして桜が咲くたびに、あの時のことを思い出す。思えば、桜を描くようになったのは母が逝ったころからだった。しかしあの、桜を前にしたときのザワッとした感じを表現するには、まだまだ時間が必要だ。
 美しい花びらが飛び交ったと思えば、すぐ新緑の夏。落葉の秋、じっと耐える冬を経て、再びすべてのエネルギーが爆発する春が訪れ、爛漫の桜は、まもなく風に吹かれ潔く散っていく。そんな桜をめぐる季節の移ろいがいい、と高杉さんは言う。
 今年も、もうすぐ諏訪神社通いが始まる。





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