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 その昔、入学祝いは万年筆とボールペンのセットが主流だった。しかし、ほとんどの場合、その万年筆は宝物として机の奥にしまい込まれ、インクは自然に蒸発した。メーカーは、羽根をモチーフにしたクリップが印象的なパーカーか、パイロットが多かったように思う。
 しかし今、ワープロやパソコンの出現によって、「文字を書く」という行為は「文字を打つ」ことに代わり、「手書き」という言葉さえ、消滅の危機に瀕している。日常的にパソコンで文章を打つ行為をし続けた結果 、漢字が書けなくなってしまった自分。それを突きつけられるたびに、「これでいいのだろうか」と思う。確かに、ペリカンの茶縞の万年筆を使って、あざやかなロイヤルブルーのインクで書かれている取材ノートの文字は、いやにひらがなが多い。
 ある日、万年筆にはまった。まずパーカーのデュオフォールド。次にモンブランの147、そしてペリカンの茶縞。パーカーはいやにインクが蒸発し、ペン先と紙の間に摩擦が多かった。モンブランは、角度によってペン先が滑っていらついた。書いても書いてもそのいらつきは解消できず、ついには手放した。そしてペリカン。最初は、その軽さが少し気になった。しかし、ペン先の柔らかさとその弾力性は絶品だった。しばらくキャップを取っていても、すっーとインクが出た。書き込めば書き込むほど、自分の手のようになった。万年筆は古くなれば古くなるほど、いや自分が使い込めば使い込むほど、かけがえのないものになる、ということを初めて知った。
 ペリカンは、インクもすばらしかった。長い間使わなくても蒸発しないし、どんな紙を使っても滲みない。しかもロイヤルブルーの青が何とも味わいがある。紙によって時には鮮やかに、時には渋く光り輝いた。
 ある日、愛用のペリカンを落とした。はっ、と気がついて戻ってみると、車に轢かれ、軸が折れていた。それを接着剤でくっつけ、使った。そのうち、インクの漏れが激しくなった。すでに茶縞の万年筆は発売されていないから、買い換えることができない。落ち込んでいると、友人が「修理に出せる」と教えてくれた。すぐ、東京の「日本ペリカン社」に電話をすると「送って下さい」と言う。半信半疑で送ってみると、数日たって生まれ変わった万年筆が送られてきた。茶縞の軸を交換した万年筆は見事に輝きを取り戻していた。

 万年筆は大量消費時代である今に背を向けて存在している。だからこそ、教えられることも多い。そして、「万年筆の良さは使い続けている人でないとわからない」。そう言いたい。





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