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 震災・原発事故の翌年の秋、高木さんは脚本「東の風が吹くとき」を書きあげた。東京電力の福島第一原発から40km離れた避難区域の農村で暮らす酪農一家のものがたりで、コミュニティの崩壊や家族離散、避難者を受け入れるまちでの住民と避難者の確執など、事故によって壊されたものを描いた。
 高木さんは、いわき市久之浜町で生まれ育ち。2013年に劇団青年座研究所を退職して、故郷で暮らし始めた。震災時もたまたま帰郷していて、大きな揺れや津波、原発事故、避難を経験し、「もう故郷はだめかもしれない」と思った時期もあった。
 2012年1月、全村避難の飯舘村で暮らす老夫婦の新聞記事を読んだ。その老夫婦を何度か訪ねるなかで、放射能の問題を原発事故の影響を受けた個人・社会をテーマに書いてみようと考えた。当時起きていたことを調べ、描いたのが「東の風が吹くとき」だった。
 いわきのいくつかの劇団の団員たちの有志と芝居の稽古を始め、13年夏にいわきと東京で公演した。

 その春、高木さんは久之浜支所で転居の届け出をした。隣の窓口で若い母親が職員と言い合っていた。原発から30km圏内の末続地区に住む母親は「幼い子どもがいるから、市の中心部の避難住宅にいれて欲しい」と懇願していた。しかし、家は津波被害に遭っていないので、その資格はなかった。
 あきらめて帰って行く母親の後ろ姿を見送りながら、高木さんは避難にも格差があることに気づき、福島県浜通 り中部で生まれ育ち、生きてきた女性たちは原発事故をどう受け止めたのか、女性の立場で脚本を書いてみたいと思った。それが「愛と死を抱きしめて」で、2015年秋にいわきで公演した。
 「愛と死を抱きしめて」の脚本を書き始めたころ、高木さんはネットで「福島第一原発が建設された際、地元で建設反対は起きなかったのか」という問いと、それに対する回答の書きこみを見た。そして、原発が双葉郡にどう誘致され、そこではどのようなことが起き、人々は何を思い、生きてきたのかを伝える必要があると感じた。
 高度成長期の日本、1964年には東京オリンピックが開かれ、時代は石炭から石油へと移り変わり、原発の建設と運転が始まった。その時代、浜通 りの中部で暮らす人々はどんな様子で、原発建設によって何が変わり、いまどういう状況にあり、さらにこれからも伝えたかった。2017年版の脚本は女性をテーマにした前の脚本に、時代と社会、浜通 り中部で生きる男性の姿も加え、3つの要素を織りまぜた。
 東北電力が浪江町に計画した原発の建設に反対し、運動を続けた棚塩原発反対同盟の舛倉隆さんを思わせる人物や、いわき市で農業の傍ら詩作した草野比佐夫さん(故人)の詩「村の女は眠れない」なども登場する。
 都合で出演できない役者や、新たに加わった役者もいるが、それを除けば配役は2年前と変わらない。ある老婆の生きてきた道を描きながら芝居は進んでいく。細部にまでこだわり、そこで生きてきた人々の日常の暮らしと思いを伝えた。いわき公演のあと、9月に東京でも上演した。12月には大阪の劇団「きづがわ」が大阪で公演する。

 「東の風が吹くとき」は原発事故が起きた時、「愛と死を抱きしめて」は浜通 り中部の過去と未来を描いた。次はいま。かつての高級住宅で暮らすお年寄りと、そのそばの仮設住宅で暮らすお年寄りの交流を描きたい、と高木さんは思っている。
 原発事故が起きて6年半が過ぎたが、いまだに事故は収束していない。「時間の経過とともに問題はより複雑になり、捨てられる人も多くなってくる」と、高木さんは言う。どれだけの年月がかかるのかわからないが、演劇や音楽劇でいま、これからの現状など原発事故がどう推移していくか見続け、伝えていかなければならないという。


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