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 特集.いわき人物伝 歌手 霧島昇


不器用で人の何倍も練習した

 「誰か故郷を思わざる」など戦前から戦後に次々ヒット曲を歌い活躍した、いわき市大久町出身の歌手、霧島昇(1914―1984)。松竹映画「愛染かつら」でミス・コロムビア(松原操)とデュエットした主題歌「旅の夜風」が大ヒットとなり、その後も「一杯のコーヒーから」「りんごの唄」「三百六十五夜」「胸の振り子」などの名曲を次々歌いました。三女の大滝てる子(二代目 松原操)さんに聞いた話を交えながら、霧島昇の人生を振り返ります。(敬称略)




ミス・コロムビアで松原操、坂本操


引退後、歌うことはなかった

 松原操は東京音楽学校在学中の昭和8年、「浮草の唄」でデビューしました。当時、在学中のデビューは禁止されていて、見つかれば退学処分にされました。操は本名を伏せて、顔写 真も眉と目は「ミス・コロムビア」の帯で隠し、「私はだれでしょう」とキャッチコピーをつけて売り出し、世間の注目を集めて大ヒットしました。その後も「秋の銀座」「並木の雨」などヒット曲を出し続けましたが、昭和23年に37歳で引退しました。




創立80年の記念


八十と小関に依頼し母校に校歌を贈る

 霧島昇は昭和28年、母校の久之浜第一小学校創立80年の記念に、校歌を贈りました。作詞は西條八十、作曲家は小関裕而。霧島から久之浜の情景を聞き、イメージして作りました。当時、5年生だった佐藤テルイさんはいまも校歌を口ずさめると話します。




生家近くに「誰か故郷を思わざる」の歌碑


叶わなかった記念館建設の願い

 いまから20年ほど前、霧島昇記念館構想が持ち上がったことがありました。地元の久之浜・大久地域づくり協議会が中心になって市に要望を続けましたが、実現は叶いませんでした。




託されたはがき


交友の広さがよくわかる
村岡 寛さん




二代目 松原操さんのはなし


いま、父の気持ちがよくわかる

 霧島昇、松原操夫妻の三女の二代目 松原操(本名・大滝てる子)さんのリサイタル(久之浜・大久地域づくり協議会主催)が5月22日、久之浜・大久ふれあい館で開かれました。操さんは亡き母の着物をリメイクしたドレスを着て、両親の思い出話を交えながら、両親の歌などを歌いました。その翌日、操さんにインタビューし、両親のことや自身のことを聞きました。




 記事

米倉明さんのはなし 9条について考えよう(1)


絶対的平和主義 上

まずは自分で冷静に考えてみる

 民法学者で東大名誉教授の米倉明さんの講演会「絶対的平和主義の覚悟」が5月末、開かれました。参議院選の大きな争点の1つでもある憲法改正。そのなかでも憲法9条について、米倉さんの講演を通 し、それぞれ考えるきっかけにしたいと思います。




蔡國強さんの昼花火はなぜ中止になったのか

「巨額疑問」の声を受けおよび腰に

 いわきとかかわりの深い中国人美術家・蔡國強さんの昼花火が取りやめになりました。市制50周年に合わせて「いわき花火大会実行委員会」が企画し、市の50周年記念プレゼン大会に応募して最優秀賞を受けた目玉 イベントでした。市は昼花火などに7000万円の予算をつけましたが、行われなくなったことで、うち400万円が執行留保となりました。なぜ取りやめになったのか、その背景を取材しました。




 連載

Old Salty(71)

元参議院議院・戸田邦司さんによる連載
英帝国EU離脱問題の影に話題性を失うアベノミクス



勝川克志 アーチストの一日(21)
漫画家・勝川克志さんのオリジナル漫画の連載です。
12回の予定でしたが、好評につき延長します。



ぼくの天文台2(7)
粥塚伯正さんによる連載
巣のうしろにまわる



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